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埼玉県スポーツ協会

 

埼玉県スポーツ協会の歩み

 

〇 埼玉県体育協会の創設

本会は、第1回明治神宮体育大会が明治神宮陸上競技場で開催される折、本県代表選手を派遣すべく全国に先駆けて大正14年2月26日、県議会議事堂で設立総会を開催、創設された。

〇 埼玉県体育協会の再編成

本会は、創設以後、各種競技や市町村のスポーツの振興を主唱し、各競技種目団体や郡市支部単位の地域体育協会の創設に努めた結果、昭和16年4月、各種競技団体と郡市体育協会を統括する組織に再編された。

〇 大日本体育会埼玉県支部

 昭和16年12月、太平洋戦争開戦を契機に大日本体育協会は大日本体育会へ改組され、これに伴い昭和17年、本会は大日本体育会埼玉県支部となる。昭和20年8月、終戦後のマッカーサー指令により県体育界は虚脱状態に陥るが、国を憂い祖国復興を願うスポーツ関係者は、新生体育協会へ向け活動を開始する。

〇 新生埼玉県体育協会

 終戦後の厳しい状況にあっても、スポーツ関係者の新生体育協会へ活動は続けられ、早くも昭和21年2月には、県民にスポーツの生活化を図り郷土を興し、祖国復興と世界平和に貢献すべく埼玉県体育協会(仮称)創立懇談会が県議会議事堂で開かれ、翌22年5月1日浦和中学校講堂にて設立総会が開催され、終戦後623日の胎動を経て、新生体育協会が誕生した。  昭和21年10月には、戦後初の県民体育大会(戦前を含め7回目)が開催され、続いて昭和23年には、小学校、中学校、高等学校の各体育連盟及び学校体育協会が創立され本会に加盟、同年5月には学徒総合体育大会が開催された。また、同年9月10日には本会広報誌「スポーツ埼玉」が創刊された。翌24年には郡市体育協会が本会に加盟し、事業の活発化とともに組織も充実した。衣食住全てが不足する時代であったが、平和の到来を喜ぶとともに県民スポーツの芽は一挙に開き始めた。

〇 埼玉県体育史刊行と東京オリンピック

 昭和39年2月、本県体育・スポーツの黎明期から戦後に至る歴史「埼玉県体育史第一巻」を刊行。さらにこの年は、国民が待ち望んだ第18回オリンピック東京大会が開催され、本県でも漕艇、ライフル射撃、サッカー競技の会場運営に本会が中心となり協力した。これを契機に県民のスポーツ意欲は大いに高まり、競技施設等の整備も進んだ。

〇 第22回国民体育大会の開催

 昭和42年、第22回国民体育大会が埼玉県において開催され、天皇杯・皇后杯ともに国体史上最高得点で優勝、スポーツ埼玉の実力を全国に示した。以後、国体開催県が開催翌年から成績を低下させている中、本県は例外的に競技力の高水準を維持し続け、第40回鳥取国体、第46回石川国体、第57回高知国体、第58回静岡国体では、第2位の画期的な成果を上げるなど、常に上位入賞を果たしている。

〇 財団法人埼玉県体育協会の誕生

 本会は、大正14年の創立以来、県下体育・スポーツ団体の統括組織として県民の体力向上や健康増進、体育・スポーツの普及・発展に寄与してきたが、さらに組織の充実と財政基盤を確立し、より一層のスポーツ振興を図るべく昭和45年5月13日、財団法人埼玉県体育協会に生まれ替った。これに伴い本会事務局も県教育局体育課から県立武道館に移転、その後、平成15年4月、新県立武道館の上尾市移転に伴い、財団法人埼玉県自治会館に移転した。

〇 埼玉県体育協会創立50周年記念事業

 昭和50年3月17日、創立50年を迎え記念式典を挙行、功労者等1652名を表彰した。さらに、昭和39年から同49年までの体育・スポーツの業績を収めた 「埼玉県体育史第二巻」を刊行、今後の一層の飛躍を期した。

〇 埼玉県体育協会創立60周年記念事業

 昭和61年、本会は創立60周年記念事業として第22回国民体育大会会場の上尾スポーツ公園で県下のスポーツ関係者を集め、次代の飛躍を期した「万人大集会」を開催するとともに「埼玉県体育史第三巻」を刊行した。また、平成19年3月には、「埼玉県体育史第四巻」を刊行した。

〇 第59回国民体育大会の開催

 平成16年、37年ぶりに第59回国民体育大会「彩の国まごころ国体」を本県で開催、国体史上最高の得点で天皇杯・皇后杯を獲得し、スポーツ王国埼玉の実力を全国に示した。その後も本県は、競技力の高水準を維持し続け、第61回兵庫国体でも第2位を獲得するなど、第63回大分国体まで8年連続で天皇杯第3位以内の入賞を果たしている。  加えてこの大会では、国体初の夏季大会総合開会式の屋内開催、アンチドーピングポスターコンクール、選手団の旧ユニフォームのグローバルリサイクル、各都道府県応援団の編成など、簡素でこころのこもった国体を実践し、新しい国民体育大会の先駆けとなった。

〇 生涯スポーツの振興に向けて

 本会では、チャンピオンを目指す競技スポーツの振興とともに県民誰もがスポーツに親しみ、健康増進や体力向上などが図れるよう生涯スポーツの振興を進めている。これまで、「生涯スポーツ市町村事業」は、県下92市町村(当時)の住民対象のスポーツ事業の実施を促進する補助事業として、昭和46年から平成9年まで27年間実施された。また、「生涯スポーツ中央大会」は、県内のスポーツ少年団を始めとする社会体育関係者が、毎年約1500人が参加し、昭和48年から平成10年まで26回開催され、この後、県民生涯スポーツ助成事業として新たにスタートした。本県のスポーツ少年団活動は、極めて活発であり、登録団員数及び指導者数は全国一を数え、登録団数は北海道に次ぎ全国2位となっている。平成9年には、秋篠宮両殿下をお迎えし、全国スポーツ少年団大会開会式を秩父市で開催、各大会は大滝グリーンスクールを会場として盛大に開催した。平成10年8月には、日韓スポーツ交流事業に小中学生及び指導者43名の代表団を派遣、技術交流と友好親善に大きな成果を収めた。

〇 キャッチフレーズの制定

 本会では、平成16年の第59回「彩の国まごころ国体」後も引続き、スポーツの振興を図るため、本会キャッチフレーズを公募、審査の結果、応募作品300点の中から「まず参加 たのしくスポーツ みんなが主役」に制定し、これを合言葉として様々な活動に取組んでいる。

〇 埼玉県立武道館の管理運営

 平成19年、本会は、埼玉県が導入した指定管理者制度に基づく県立武道館の指定管理者募集に、株式会社サイオーと共同事業体を組織し応募、管理者に指名された。平成20年4月から同武道館指定管理者として管理運営を開始した。

〇 スポーツ総合センターの管理運営と事務局移転

 平成22年、埼玉県教育委員会の教育センターの移転統合により、「埼玉県立スポーツ研修センター」は、行田市に新設された県立総合教育センターに機能統合され、旧研修センターの名称も「スポーツ総合センター」に改められた。平成23年、本会は、引続きスポーツ総合センターを本県スポーツ振興の拠点として活用するため、同センターの管理運営業務の受託と併せ事務局を同所に移転した。

〇 公益財団法人埼玉県体育協会の誕生

 本会は、平成20年12月、国のいわゆる「法人制度改革関連3法」の施行に伴い、公益財団法人への移行に向けた定款・細則等の規程整備や新役員の選任等の諸準備を進め、平成23年11月28日、移行申請書を提出し、平成24年3月28日、埼玉県知事から公益財団法人として認定を受けた。同年4月1日には新法人の登記が完了し、4つの公益目的事業と1つの収益事業を行う公益財団法人埼玉県体育協会が誕生した。

〇 日本スポーツマスターズ2014埼玉大会の開催

 平成26年、本県で初の開催となった「日本スポーツマスターズ2014埼玉大会」が行われ、埼玉県内13市29会場において、全13競技会を実施。全国から集まったシニアアスリート、監督をはじめ、日韓スポーツ交流事業・成人交歓交流で来日した韓国選手団191名を含む、史上最高の8265名が参加し、「大人の本気の勝負」が各会場において盛大に繰り広げられた。

〇 埼玉アイスアリーナの設置管理

 平成26年11月1日、県内初、オールシーズンで使用可能な国際規格リンク「埼玉アイスアリーナ」がオープン。場所は、県立武道館南側・さいたま水上公園駐車場内(上尾市日の出四丁目368番地)で、スピードスケートショートトラック・フィギュアスケート・アイスホッケーの公式戦が行える国際規格のメインリンク(60m×30m)に加え、フィギュアスケートの滑りや振付がチェックでいる大きな鏡や、ジャンプの練習用のハーネスが設置され、カーリング(シート3面)としても利用可能なサブリンク(46.5m×17.5m)が整備された。

〇 公益財団法人埼玉県スポーツ協会に名称変更

平成30年度第3回定例理事会(平成30年9月18日開催)において、本会名称変更が議決され、同年度臨時評議員会(平成31年3月26日開催)で、公益財団法人埼玉県体育協会定款の変更が承認。これにより、平成31年4月1日付で団体名称が「公益財団法人埼玉県スポーツ協会」(英語表記:Saitama Sport Association)に変更された。